京都フォトログ

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古都で過ごす日々の記録。季節の花や歳時を撮り歩きます。

並河靖之七宝記念館と大将軍神社

6/22 真如堂から岡崎まで戻ってきたあと、

『並河靖之七宝記念館』に行って来ました。

すでに2万歩程歩いているのでちょっと足休め。

 

6/22前半のアジサイ散策日記

 

remist.hatenablog.jp

 

 

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並河氏の七宝はいつ見ても綺麗で繊細で凄いとしか言葉が出ませんが、

館内は撮影禁止なので作品の写真はありません。

製作工程や、道具も展示されていますが、

普通に絵を描くのでさえも嫌になる細かさを、

細い鉄線を曲げて形を作り、立てて貼り付け仕切りを作る作業が特に凄いです。

 

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並河邸と言えば七代目小川治兵衛(植治)の庭園です。

当時は明治維新の動乱後であり、造園の仕事が振るわない中、

30代半ばの植治が隣に住んでいる並河邸の庭園を手がけ、

植治のメジャーデビュー作となります。

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展示場に行く前から素敵です。

長い沓脱石は膳所城にあった櫓の葛石(かずらいし・くずいし)と言われています。

葛石とは社寺・城・町家などの基壇の上端に使われる長い縁石で、

湿気除けや単に見栄え良くする為に使われています。

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鞍馬石の自然石をくり抜いた一文字手水鉢

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展示室と奥に行く分岐点(踏分石)には大きな伽藍石

植治の庭園にはよく使われている気がします。

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庭の周りを一周したいところですが、ここで立ち入り禁止です。

 

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母屋や作業場がありそれほど広くない残った空間を、

敷地面積以上に広く見せるのが上手いと感じさせるお庭です。

 

床下まで入り込んでいる池が更に広さを感じさせます。 

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向こうにも大きな自然石の沓脱石があります

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七宝の研磨に使われる水を疎水から引き、その余水が池に注がれています。

琵琶湖疏水明治23年竣工、並河邸庭園が明治27年完成です。

平安神宮神苑明治28年)無鄰菴(明治29年)と初期作品が軒並み高評価、

以降引く手あまたとなります。

 

当時疎水の水を個人宅に引く事は許されていませんでしたが、

七宝の研磨用に使うと言う事で許可されました。

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縁側から正面の景色(網越しに撮影)

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(展示室の網越しに撮ったのでぼやけています)

 

第二展示室軒下の犬走りには古瓦がはめ込まれていますが、

方広寺や岡崎にあった六つの寺、六勝寺の瓦です。

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明治28年に平安遷都1100年を記念して平安神宮が創建されましたが、

その岡崎一帯の工事により六勝寺の瓦が拾い放題だったようで、

植治の子(8代目植治・白楊)と共に集めたそうです。

旧窯場にはそれぞれどこの瓦か全部説明されていますが、

動線に苔保護の為マットが敷かれており大半は隠れています。

 

雲が広がってきたので帰り始めます。

帰りに三条の大将軍神社をお参りに行きました。

 

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去年の台風20号でご神木のモチノキが倒れ、拝殿が倒壊しました。

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(工事の邪魔にならないように外から)

 

2017年10月22日の台風21号では根っこからエノキが倒れ、

荒熊稲荷社を直撃し、手水舎も傾きました。

 

元通り…とはいきませんが、早く拝殿が再建され

いつもの大将軍神社の姿になりますように。