京都フォトログ

古都で過ごす日々の記録。季節の花や歳時を撮り歩きます。

庭園10 桂離宮 宮廷文化の美を凝縮した月の庭園

今回は桂離宮を紹介します。

昭和の初めにブルーノ・タウトが「泣きたくなるほど美しい」と絶賛し、

国際的に知名度が高まったというのは有名な話。

 

宮廷文化の美が凝縮されたような庭園で、苑路を歩いている間、

どの位置でどの角度を見ても庭園を感じられる美しさです。

 

京都の宮内庁管理の庭園で唯一

2018年から大人有料(1000円)となりました。

 

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桂離宮とは?

江戸時代の皇族・八条宮の別邸として建てられた建築群と庭園で、

日本庭園の最高傑作のひとつとも言われる池泉回遊式庭園です。

 

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修学院離宮の記事で少し触れましたが、

(初代八条宮)智仁親王後陽成天皇の弟でしたが、

子供のいない豊臣秀吉の猶子となり関白候補でした。

秀吉に実子が生まれた事により豊臣家を離れ八条宮家を創設しました。

 

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左の建物が月見台で有名な古書院

こうして、家領となった下桂村に造営した別業(別荘)が、

後の桂離宮の元になります。

この第一次造営の時点で『古書院や池、橋、茶亭があり、

茶亭から四方の山が見渡せた』という文献が残っています。

別業の場所が八条通りの直線上だったので八条宮と呼ばれますが、

約200年後に桂宮とも呼ばれるようになります。

 

智仁親王が亡くなった時、第一皇子の智忠親王はまだ10歳で、

桂離宮は10年ほど手付かずとなり、

荒廃したのち整備が再開され、

中書院・新御殿・茶屋五軒などが作られ、

今の桂離宮の形になるには50年ほど掛かっています。

 

桂離宮参観

桂離宮に入る前から 満足してしまいそうなアプローチ

入る前から期待が高まります。

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「穂垣」通りすがりにココだけ見に寄る事もあります。

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この表門の内側が御幸道へと続きます。

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 御幸道

 

外の紹介をしたところで参観コースへ。

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入るとまず目にするのが『住吉の松』

見ての通り”庭園一望はあとのお楽しみ”と目隠しする役目なので、

「衝立の松」の方で覚えられます。

 

かつては対岸に対になる「高砂の松」があり、

古今和歌集万葉集を表していたといいます。

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「御幸道」を通り「御幸門」へ

 

遠目には気づきませんが、苑路は「霰こぼし」と呼ばれる石畳で、

加茂川産の青黒い小石を選別し綺麗に敷き詰めています。

石の裏に番号が振ってあり、全部決まった場所に並べるとか…

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「御幸門」皮付き丸太の柱

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この先真っ直ぐ行くと思わせて…曲がります!

奥に行くほど細くなりパースを効かせる事で、

長く見せています。

江戸初期の時点でこれだけの細工をほどこす事に驚きです。

(後世にやった事かもしれませんが)

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「外腰掛」 これから行く茶亭の外待合になります。

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二重枡形手水鉢がおしゃれです。

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外腰掛の向かいは蘇鉄山ですが、秋なので順次冬準備に入っています。

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いきなり季節変わってますが、一番使えそうな写真が冬だったので…

 

桂離宮には「真・行・草」3種類の延段があり、

切石と自然石の混ざった待合前のコレは「行の延段」になります。

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そして、苑路の先はまたしても見せない仕組み!

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突き当りを左に曲がると、こんな感じで茶屋を目指しますが、

ここで初めて庭園の全貌が見え始めます。

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桂離宮でも一番特徴的なポイント「天橋立

州浜が広がりその先には岬の灯台

どうしてもこの灯篭に目が行くことで、視点が定まり庭園が引き締まります。

 

智仁親王の奥方は丹後宮津藩主の娘なので、

切石の一本橋で故郷の天橋立の景色を作り出したと言われています。

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夕照の天橋立

紅葉の頃は午後遅くに予約を入れると、

西日で撮るの難しくなります。

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岬の灯台と言われる灯篭を支点に回りこんでいくと、

段々と庭園が見渡せるようになって行き

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茶亭に着いて、初めて庭園全体が見える仕組みです。

これまで散々植栽で遮ったり、曲がったりしたのもこの為。

写真だと分割になりますが、肉眼だと素晴らしい景色が広がります。

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茶亭「松琴亭」

「松琴」の扁額は後陽成天皇宸筆(屋根の三角のところ)

西に沈み行く月に向かい琴を奏でたそうです。

 

州浜から伸びている一本橋は白川石橋

その横の池に三個の石が出ているのが「流れ手水」で、

石橋を渡った正面に茶室のにじり口があります。

左横に二段の刀掛けもあります。

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下が炉になっており、料理が冷めないようにした袋棚

正面の御殿から舟で料理を運んできて温めたとか。

 

このモダンな襖は重森三玲の代表作「東福寺本坊北庭 市松の庭」

に影響を与えました。

三玲邸の襖も青白の市松模様です。

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重森三玲庭園美術館

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「松琴亭」の横を通り「賞花亭」へ

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いつも渋滞でまともな写真の無い「賞花亭」

小高いところに有り「峠の茶屋」と呼ばれています。

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「賞花亭」の額は曼殊院良尚法親王の筆(智仁親王の子・智忠親王の弟)

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五輪塔で「水」を示す水輪を象った手水鉢

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「峠の茶屋」と呼ばれるだけあり、結構高さがあります。

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移動中に撮った全体が分かる写真はあるんだけど、逆光!

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適当に周りを撮りつつ「園林堂」へ

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規則正しい状態から、急に散らしたようになる切石の飛び石。

雨落敷に埋め込んでいく奇抜さも桂離宮の特色のひとつです。

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歴代八条宮の位牌や、

智仁親王に古今伝授を行った細川幽斎の尊像を祀っていたそうです。

 

幽斎は「長岡大明神」として長岡京の地でも祭られ、

桂宮邸図には「長岡遥拝所」があった事が記されています。

 

扁額は後水尾上皇宸筆

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池向かいの「笑意軒」に行きますがその前に

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こちらからしか撮れない、舟着き用の三光灯篭があるのでチェックお忘れなく!

(そして、何故か先頭は既に笑意軒に…)

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「笑意軒」は李白の『山中問答歌』

「問余何意栖碧山 笑而不答心自閑」から来ています。

 

下地窓はそれぞれ円の大きさが異なり、

一年の中の6つの時期の満月を表すと言われています。

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手水鉢の銘は「浮月」

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市松のビロードと斜めに貼った金箔の斬新な腰壁

当初は腰壁全面がビロードでしたが、七代目八条宮が修理した時に

金箔を貼り、今の柄になりました。

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引き手は矢羽根とか舟の櫂とか、完全にデザイン重視

窓の外は田んぼで、夏秋には稲穂が揺れますが、

景観保護の為、桂離宮の敷地になっています。

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笑意軒から園林堂を望む

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次は書院群へ

自然石だけの「草の延段」

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ここは蹴鞠の庭

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左「新御殿」ここに桂棚がありますが非公開。

右「中書院」

間の小建物が「楽器の間」

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「古書院」の「月見台」

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月見台からの眺めはこんな感じでしょう。

手前に舟着場。各所に舟着場があり、舟遊びを楽しんだものと思われます。

各所を繋ぐ橋がアーチ状なのも、低い位置の灯篭も舟が通るためです。

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「月波楼」

やはり月に関する茶屋です。

こちらは秋向きの茶屋で、対岸の松琴亭が冬向きの茶屋と言われています。

1652年の年紀が発見され、年代が分かるものの中では一番最後のようです。

 

「歌月」の額は後水尾天皇とも霊元天皇とも言われています。

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月波楼からの眺め

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土間を囲んでコの字型の茶屋です。

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「御輿寄」

秋は人がいっぱいでまともに撮れなかった切石だけの「真の延段」と

「六つ沓脱」(玄関の大きな沓脱石)

上の写真の黒文字垣の横を通って元に戻り参観終了。

 

参観後、川沿いの「桂垣」を見に行きました。

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 竹を斜めに引き込んで編みこまれている生垣です。

川のすぐ横ですが、この耐水性の良い竹垣が川の氾濫時に

水の勢いを和らげ、土砂を防ぎ今日まで桂離宮を存続させるのに

大きな役割を果たしました。

 

参観情報

申し込み予約詳細は公式サイト参照

宮内庁参観案内:施設情報:桂離宮

 

参観料:大人1000円(中高生無料)

休日:月曜日(祝日なら火曜日に振り替え)

   年末年始や行事のある日

アクセス:阪急京都線 桂駅下車 徒歩20分

川沿いの道は歩道が無く歩くのは危ないので、

歩道の大きな桂川街道で中桂に行く方がオススメ