京都フォトログ

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古都で過ごす日々の記録。季節の花や歳時を撮り歩きます。

庭園34 建仁寺塔頭正伝永源院 織田有楽斎と細川家の菩提寺

今回は建仁寺塔頭の正伝永源院庭園を紹介します。

建仁寺本坊の真北、小道(団栗通り)を隔てたところにあるお寺です。

春になると塀越しに綺麗な枝垂桜が見えますが、

霧島ツツジや紅葉も綺麗な池泉観賞式庭園があります。

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正伝永源院略歴

「正伝院」「永源庵」という2つの塔頭でしたが、

廃仏毀釈により無住だった「永源庵」が即廃寺となりました。

しかし、「永源庵」は建仁寺本坊の真北のため寺領は取り上げられず、

「正伝院」がそちらに移り「正伝院」となりました。

「永源庵」は細川家の菩提寺であり、「永源」の名を残すために

後日『正伝永源院』となりました。

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正伝院は信長の弟・織田長益(有楽斎)が再興した菩提寺であり、

有楽斎家族の墓と、国宝の茶室『如庵(じょあん)』の写しがあります。

現在愛知県の有楽苑にある如庵は、

元は建仁寺正伝院で建てられた物です。

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「如庵(じょあん)」は有楽斎の洗礼名「ジョアン」から来ているとも。

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正伝永源院は細川家の菩提寺でもあるので、

細川護熙元総理の奉納された襖絵もあります。

古今伝授の細川藤孝(幽斎)やその息子で利休七哲細川忠興(三斎)を始め、

現代に至るまで芸術の才能豊かな一族ですね。

 

忠興が関が原の戦いの功により豊前国小倉藩主になり、

三男の忠利が肥後熊本藩主に就き肥後細川家18代当主が細川護熙氏です。

 

正伝永源院庭園

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植栽豊かな池泉観賞式庭園です。

特に春は枝垂桜・霧島ツツジカキツバタと次々に花が咲くようです。

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門を潜ったすぐ横には霧島ツツジが咲き乱れています。

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塀の向こうから頭を覗かせているのは織田家の墓

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方丈前に横長に池があり、

西の角に茶室「如庵」があります。

 

ちなみに正伝永源院の前の道を東の突き当たりまで行くと、

祇園甲部歌舞練場がありますが、

織田有楽斎の邸宅があった場所とされ、

そちらの庭園にも「如庵」があります。

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春は逆サイドの西側からの方が橋が見えて良い感じです。

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新緑の中の霧島ツツジは映えるので好きです。

京都御所「御内庭」や梅宮大社神苑などは4月中下旬がイチオシです。

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4月頭頃なら枝垂桜が見ごたえありますが、

隅っこなので、庭園ブログとしては霧島ツツジの時期を選びました。

 

拝観情報

公式サイト:

建仁寺塔頭 正伝永源院:織田有楽斎ゆかりのお寺(京都祇園)

通常非公開(春と秋に約1ヶ月公開)

特別公開については4月・11月頃に公式サイトをご覧ください。

拝観料や公開期間が変則的な時がありますので。

 

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