京都フォトログ

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古都で過ごす日々の記録。季節の花や歳時を撮り歩きます。

庭園65 妙心寺塔頭聖澤院庭園 (と霊雲院庭園(写真無し))

今回は妙心寺塔頭聖澤院(しょうたくいん)庭園を紹介します。

妙心寺四派の聖澤派本庵です。

四派本庵の中で龍泉庵(1481年)・東海庵(1484年)から40年ほど後に出来た

霊雲院(1526年)と聖澤院(1524年)は、並んで創建されています。

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聖澤院略歴

妙心寺四派のひとつ聖澤派の本庵です。

妙心寺13世・東陽英朝を勧請開山とし、

弟子の妙心寺18世・天蔭徳樹(てんい とくじゅ)により1524年に創建されました。(東陽禅師没後20年)

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雪江宗深禅師の四傑が3年ずつの任期で妙心寺住持を持ち回り、

東陽英朝は4番手なので9年経ってから住持に着きました。

その為か、妙心寺に関わったのは3年の任期の間のみで、

他の期間は余所のお寺を転々としたり、開山したりし、

塔所も最後に再興に携わった各務原少林寺にあります。

「才は東陽」と称えられました。

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方丈前庭

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東陽英朝500年遠忌に伴い平成16年(2004年)に作庭されました。

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苔庭の中をなだらかな曲線の延段が横切っています。

この壁の向こうは拝観受付をした玄関前に繋がります。

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ここの左端に出てくる筈です。

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2014年「京の冬の旅」初公開でしたが、これらの木々や苔が枯れていない時も見たくなります。

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奥の木々が奥行きを出し、庭園を広く感じさせています。

なだらかな曲線の延段のせいか、ゆったりと眺めていたいお庭でした。

 

聖澤院拝観情報

通常非公開

2014年「京の冬の旅」初公開

 

おまけ:霊雲派本庵『霊雲院』

順番で行けば四派本庵の『霊雲院』を先に紹介したかったのですが、

撮影禁止で看板しかありません。

10坪ほどの空間に枯滝石組や蓬莱山、苔の間に白砂の川を配した

縮小式蓬莱枯山水庭園があり、史跡名勝に指定されています。

相国寺慈雲庵の子建西堂の作庭と伝えられています。

 

*霊雲派開祖 特芳禅傑(とくほうぜんけつ)

妙心寺12世住持で、『寿は特芳』と讃えられました。

細川政元の庇護で応仁の乱で荒れた龍安寺再建に取り組み、

龍安寺中興開山となりました。

龍安寺境内にある塔頭・西源院(せいげんいん)を開き

最終的に西源院で示寂しました。

 

西源院は湯豆腐・精進料理が頂けますが、

龍安寺方丈(石庭)に行かないなら拝観料無しで龍安寺境内に入れます。

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こちらは通常閉まっており、隣の門の方が開いています。

救世観音様にはいつでもお参りできます。

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霊雲院はH28「第50回 京の冬の旅」で公開されました。

ちなみに「京の冬の旅」という題字は、

こちらの先代住職が書かれた物で第15回から使われています。

 

他の四派本庵

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